富良野GROUPの公演「走る」を見てきました。

富良野GROUPの公演「走る」を見てきました。

見たいと思った時には、東京公演のチケットが売り切れ状態。
それでも見たくて、東京から行けそうな範囲である静岡県富士市の公演のチケットをゲットし、当日は仕事を午後から休んで遠征。

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倉本聰の舞台は大学時代に何回も見ていて、「地球、光りなさい!」、「走る」、「谷は眠っていた」、「ニングル」、「屋根」、「悲別」と倉本聰の舞台の半分くらいは見ている。特に演劇鑑賞が趣味っていうわけでもないんだけど、大学時代のいろんなご縁があって、何度も見る機会をもらっていた。特に、「谷は眠っていた」は3回も見てる。だから、今回の「走る」が倉本聰の最終公演ということで、どこか寂しい気分になりつつも、それでも最終公演をちゃんと見ることができたのは嬉しく思う。

 

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さて、「走る」も大学時代に1度(たしか10年前)に見ていて、当時は当時で感動したのだが、今回改めて「走る」を見て、やっぱり心の底から感動した。
演者の持つパワーってすごいよな。たった1人の演技で何百人という人の心を打っている。公演開始10分くらいですでに涙ボロボロ、鼻水だらだら。人に見せられない姿だったと思う。会場が真っ暗でよかった(笑
覚えのあるセリフがあったり、ちょっとセリフが変わっている(気がした)部分もあり、本筋のストーリーは変わってなくても、少しずつ変わってはいるんだね。

ただ感動したで終わらせるのはもったいないので、「走る」が込めたメッセージはなんだったんだろうか、ちょっと考えてみたい。

人は、なぜ走っているんだろうか。
「走る」に登場するランナーは、細かな設定までは忘れてしまったけれど、いろんな事情を抱えて走っていた。
なぜ走っているのか、どこに向かって走っているのか、それぞれが悩みながら葛藤しながらそれでも走り続けている。
ヘロヘロになりながらも、怪我をしながらも、歩けばいいのに、止めればいいのに、なぜか走っている。
倉本聰は「走る」ことを人生の何かに掛けているんだと思うんだけど、人生において「走る」こと、また「歩く」こと、「走るのを止める」ことは、この作品において何を指しているんだろう。

生きるためだけなら走る必要はなくて、止まっていても生きることができる。
きっと、生きる以外で何かを掴むために走っているのだろう。

何かとは「夢」なのかなとも思ったんだけど、「走る」のランナーは全員が全員、明確な夢を持っていたわけじゃなかった気がする。「夢」は「何か」の一部分ではあることは間違いないと思う。ただ、「何か」の全てではないとも思う。でも結局「何か」という言葉にまとめられてしまうのかなぁとも思う。

「何か」が明確になっていれば、それは「夢」であって、それは追い求める対象となって走る目的になる。逆に、明確になっていないのであれば、それは「何か」の状態であり、それを明確にすることが目的となって、もがきながら「走る」ことになる。

「走る」目的は、「夢」を追い求めたり、「何か」を明確にするためになのだろうか。となると、「走るのを止める」状態とは、「夢」は決して掴めないし、「何か」は決して明確にはならない状態になる。それらに決して近づくことはないので、諦めの状態ということになるのかな。また「歩く」は「夢」や「何か」に近づいてはいるので、決して悪い状態ではないとは思う。しかし、人間の与えられた時間は有限なので、近付くスピードが遅くなる分、人生トータルで見たときに得られるものは少なくなってしまうだろう。

だとすると、「走る」ことは大事なんだけど、息切れして止まったり、歩いたりしないように、無理なく持続できるペースで走り続けるということが必要なのか。
確かに、「走る」のランナーの中でも、初めに飛ばして中盤でスピードが落ちていって、後続にどんどん抜かれて後悔していたランナーがいたな。(それは、これを比喩している?さすがに強引すぎるか。。。)

追い求める対象が「夢」であれ、明確になっていない「何か」であれ、大事なのはそれを追い求められる精神力と体力とひたむきさを持つこと、「夢」や「何か」を持ち続けること(なくならないこと)、そしてそれらを持続させることが大事なのかな。

「走る」の中では、レースが終わると、また次のレースが始まろうとする。ゴールの先には、また新たなコースがあってゴールがあって、その繰り返し。
それはつまり、新たな「夢」や「何か」という追い求める対象と、そこに至る道のりが、連続的にひたすらに繰り返されているということ。
「人生」とは、「夢」や「何か」を追い求めることの連続であるということか。

きっとそういうメッセージなのかな。
思ったことをつらつらと書いちゃったから、まとまりのない文章になっているな。。。ま、大事なのは自分自身への納得感。納得したからそれはそれでオッケー。

「走る」に込められたメッセージとは別に、自分にとって「人生を走る」とはどういう状態かは定義できるようにしておきたいな。今はまだできてないけど、定義できない以上は「走っている」とは自信を持って言えない気がするし、それはそれでもったいないと思う。

最後に、せっかくだから、倉本聰の言葉の中で印象に残っているメッセージを引用。富良野塾を卒業する塾生に送った言葉。とてもずっしりくる。

もし君たちが塾時代に持っていた夢を捨て、走らなくてもいい楽な夢を望むなら富良野のことはもう忘れなさい。
僕はそのことを軽蔑しようとは思わない。
しかし、どこにあっても“感動”ということだけは忘れないで欲しい。
感動を創る者は走らなければならず、感動を得るだけなら坐しても可能だ。
走るか、坐るか覚悟を決めなさい。
そしてもし君たちがある日突然、しばらく忘れていた感動を思い出し、胸の奥から涙が突き上げたら
いつでも富良野に帰っていらっしゃい。坐して見るものとはお茶でも飲もう。
走っているものとは酒を酌み交わそう。
俺たちはここにいて ずっと走っている。
── 行ってらっしゃい。

thepage.jp

 

本当に見れてよかった。

会場には倉本聰さんも来ていて、公演後の挨拶の時に舞台に登場してた。会場は割れんばかりの拍手でした。
最後、サインと握手をゲットしました♪

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StrengthFinderの結果を振り返る


社会人1年目の終わりくらいだったかと思うけど、大学時代の友人とStrengthFinderをやって、その結果を話し合うという場があった。おそらく6年前かな。その資料を、たまたま昔のPCを触っていたら見つけた。そして、その資料を見ていたら、なかなか面白かった。

 

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす

 

 

自己分析ツールの結果ってあまり信用しないんだけど、StrengthFinderの結果はとても信用している。それは、自分に出た結果はわりと納得出来る内容だったし、友人に出た結果もなるほどといえる内容だったから。
これは誰にでもおススメしたいツール。

 

自分の出た結果はこれ(スライドは当時作ったスライド)

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で、それぞれについて、思うことを簡単に書いている。

 


【学習欲】

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「分野にとらわれない知的好奇心」も「点と点が線で結ばさる瞬間がたまらなく好き」は今も全く変わっていない。
このスライドに書かれていた内容までは、さすがに覚えていなかったから、6年ぶりにこのスライドを見たときは、6年前の自分と考えが変わっていないことに驚き、「へー」と唸ってしまった。

 

(さあ、才能に目覚めよう P103より)

あなたはいつも学ぶ「プロセス」に心を惹かれます。内容や結果よりもプロセスこそが、あなたにとっては刺激的なのです。あなたは何もない状態から能力を備えた状態に、着実で計画的なプロセスを経て移行することで活気づけられます。最初に幾つかの事実に接することでぞくぞくし、早い段階で学んだことを復唱し練習する努力をし、スキルを習得するにつれて自信が強まる − これがあなたの心を惹きつける学習プロセスです。
〜中略〜
この「学習欲」という資質は、必ずしもあなたがその分野の専門家になろうとしているとか、専門的あるいは学術的な資格に伴う尊敬の念を求めていることを意味するわけではありません。学習の成果は、「学習のプロセス」ほど重要ではないのです。

学習欲につながっているかはわからないけど、日常的に本を読んでいるのは、新しいことが知りたいという要素が大きいかもしれない。何か成果や結果を出そうというつもりで読むことはあまりなくて(もちろんその目的で読む時もあるけど)、その時々で知りたいから読むっていう気持ちのほうが大半。学習の成果はプロセスほど重要ではないというのは、僕にとってはその通りだと思う。何かを達成したいからやるっていうモチベーションでは基本やっていないかな。あと、「ぞくぞくする」という感覚は本当に好き。

 

【調和性】

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これも基本的には変わっていない。
「基本的に相手に合わせる(自分の価値観に背かない限りは)」は今もそう。ただ、当時と変わったのは、6年という時間が経って、当時よりも価値観は、広く、深く、持っていること。なので当時よりも、「相手に合わせる」という選択は少なくなっているとは思う。むしろ最近は言いたいことをガンガン言ってしまっている気がする。

あと、これは6年前の自分は弱点とも思っていたのね。当時の自分は「何をするにしても相手の同意・許可を得てしまう傾向がある」だったんだ。そうだったのか。。。
当時の自分のことを振り返ってみると、おそらく、「知らないもの」や「興味のないもの」は「相手に合わせる」だったり、「相手に同意・許可を求める」だったのかなと思う。知っていることや興味関心の幅が狭かったから、大半のことは相手に合わせるだったのだろうか。

ただ、知らないものや興味関心のないものは相手に合わせるはしょうがないところがある気がする。
1人の人間が知れること(頭の中に入れておくことができる情報量)なんて限界があるし、「知らないことを減らす」や「あらゆることに興味関心を持つ」なんて対策はナンセンスな回答だと思うし。
とはいえ、「納得していないけど、反論できるほどの意見は持ってないから、しぶしぶ相手に合わせる」はしないようにしたい。そのためには、知らなくても、興味関心はなくても、意見を言えるだけのベースとなる価値観は持っておくようにはしたい。


(さあ、才能に目覚めよう P158より)

あなたは、衝突や摩擦から得るものはないという考えを持っているため、そのような争いを最小限にしようとします。周囲の人々が異なる意見を持っていることがわかると、あなたはその中の共通する部分を見出そうとします。あなたは彼らを対立から遠ざけて調和に向かわせようとします。事実、調和はあなたの行動を左右する価値観の一つです。人々が自分の意見を他人に押し付けるために無駄にしている時間の多さは、あなたには信じがたいほどです。
〜中略〜
ほかの人が自分の目標や、主張や、強く抱いている意見を声高に話しているとき、あなたは沈黙を守ります。他の人がある方向に動き出すと、あなたは調和という名の下に(彼らの基本的価値観があなたの価値観と衝突しない限り)、喜んで彼らに合わせてあなた自身の目標を修正するでしょう。

これも確かにそう。共通する部分を見出そうとするというのは確かにそうで、「ここは共通しているよね」的な発言はよくするなぁ。もちろん議論する場ではこの限りではないけど。
他の人が話している時に沈黙を守るというのは今でもそう。相手の言いたいことが終わって、議論が収束気味になったあとで自分が発言して、タイミング的に遅かったなと思うことがある。あと、議論の途中で自分が発言するタイミングを推し量って気疲れする時もある。ここは正直、強みとは言い切れないかなぁ。というか強みとして活かせていないのだろうな。

調和性は、自分には当てはまっているけど、自分の強みなんだろうか。
当時は納得した覚えがあるけど、今は強みという認識がないかなぁ。
今改めてStrengthFinderをやってみると、調和性とは違う結果が出るかもしれない。

 


【分析思考】

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これも当時と変わっていない。
「行動に移すのが遅いと感じる」ことはあまり見られなくなくなったけど、「自分の納得するまで聞く」は変わらずかな。ここは本当に当時からそのまんま。

 


【自我】

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(さあ、才能に目覚めよう P127より)

あなたの持ち前の強さによって人に知られ、評価されたいのです。

〜中略〜
あなたは信頼でき、プロフェッショナルであり、そして成功している人として、尊敬されたいと感じています。同時にあなたは信頼でき、プロフェッショナルで、成功している人とだけ付き合いたいのです。もしそういう人でないと、あなたは彼らがそうなるまで圧力をかけるでしょう。彼らがそうならないなら、あなたは彼らを置いて先に進むでしょう。

頼られたいっていう気持ちがあるのは確か。今もそう。
当時は、「自我」という結果が出たことが意外と思っていた覚えがある。自分から発信ということが少なかったので、当時はピンとこなかったけど、今改めて結果を読むと割と納得している。


文の後半にある、信頼でき、プロフェッショナルで、成功している人と付き合いたいというのは、これもそう思う。すごいと思える人たちと一緒に働きたいと思うし、そうなりたいと思っている。また、そういう人がいない職場であればさっさと異動したいと考えてしまう。

 

(さあ、才能に目覚めよう P127より)

独立心の強いあなたは、仕事を単なる仕事ではなく、自分の人生そのものにしたいと考えています。そしてその仕事の中で、好きなようにやらせて欲しい、または自分のやり方でやるために余地を与えて欲しいのです。

仕事は人生の中の一部なので、人生そのものとは考えていないけど、人生の一部である以上は最大限楽しもうとは思っている。好きなようにやらせて欲しい、自分のやり方でやるための余地が欲しいは当てはまっている。言われたことしかやっちゃいけないというのは、結構ストレスに感じる(立ち上がり期間とか、期限付きであるなら別だけど)。

 


【収集心】

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あなたは知りたがり屋です、は今も正しく。

(さあ、才能に目覚めよう P134より)

世界はかぎりなく変化に富んでいて複雑なので、とても刺激的です。もしあなたが読書家だとしたら、それは必ずしもあなたの理論に磨きをかけるためではなく、むしろあなたの蓄積された情報を充実させるためです。もし旅行が好きだとしたら、それは初めて訪れる場所それ俺が、独特な文明の産物や事柄を見せてくれるからです。

当時はよくわからないと言っていたけど、今はわかる気がする。
確かに、ことば、書籍、引用文は収集(メモ)している。
特に、本は読むし、旅行は好きだから、上記に書いているのはまさにその通り。面白いくらいに言い当てている。

 

(さあ、才能に目覚めよう P134より)

あらゆる利用の可能性を考えているあなたは、物を捨てることに不安を感じます。ですから、あなたは物や情報を手に入れ、集め、整理して保管しつづけます。それが面白いのです。それがあなたの心を常に活き活きとさせるのです。

物を捨てるのは不安は、これも確かにそう。もともと自分は物を買わない人間で、本当に欲しいと思ったものしか買わない人間だと思っている。だからこそ、買った物には何かしらの思い入れがあって、それを捨てるのが不安だったりする。だから部屋が物で埋まっているのか。。。

 


【全体を通して】

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知的好奇心というのは一つのキーワードなのだろう。
スライドにも書いていあるけど、「学習欲」「分析思考」「収集心」という結果が出ており、「知る」というのは自分にとっては大きなキーワードなのだろう。それに「自我」の持つ「すごい人と囲まれていたい」という思いを組み合わせれば、どんな活動に対しても前向きに取り組める気がする。

改めて思うのは、StrengthFinderの結果は本当に当てはまってるなということ。
そして、当時の自分が思っていたことは、今になってもそこまで変わっていないということ。

ベースとなる強みは変わっていない。そこから数年経って、いろいろ経験したことで、当時自分がもやもやしていたところがクリアになってはいる。その分、以前の自分からは成長しているということなのだろうか。(このスライドを作ったのは確か入社した年だったはずだし、そりゃそうか。)

また5年後くらいに見直してみるのも面白いかな。その時はどう思うだろうか。

 

【読書ログ】10%起業

友人に勧められて「10%起業」という本を読んだ。

 

10%起業 1割の時間で成功をつかむ方法

10%起業 1割の時間で成功をつかむ方法

 

 

本の内容としては、タイトルにある通り、自分の10%の時間を使って起業活動をしましょうというもの。いきなり会社を辞めて起業するのは、失敗した時の金銭面や家庭面への負担が大きく、リスクが非常に大きい。なので、今勤めている会社は辞めない。今行っている仕事を主軸に置く。そして10%の時間の範囲で起業活動をする。そうすることで、失敗時のリスクを最小限にすることができますよというもの。

 

正直言って、私は「起業」というものに少しもピンとこない人間なので、10%の時間を使って「起業」するということについてはあまりピンときていない。なんだけど、ピンとこなかったで終わらせるのはさすがにもったいないので、ちょっと考えを変えてみる。10%の時間を使って、「起業」は無理だけど、「何か新しいことをする」なら全然できる。

なので、10%の時間を使って「新しいこと」をするとして考えてみる。

 

じゃあ、新しいことって何という話。
今の自分の習慣にないものであれば、なんでも「新しいこと」になってしまうので、正直、言い訳のしやすい表現ではある。自分にしても、せっかくやるんだったら、なんとなく「新しいこと」ではなく、自分の今後につながる、例えば5年後10年後の自分に効いてくる活動にしたいと思う。

 

LIFE SHIFT の言葉を借りるなら、いわゆる「エクスプローラー」のような活動に近いものだろうか。エクスプローラーについては、私は、「価値観の再構築」のステージととらえている。(ちなみに、LIFE SHIFTについてのログは↓を参照)

「自分の10%の時間を使って、5年後や10年後の自分に生かされるような価値観を身につける(再構築する)活動をする。」だろうか。せっかく10%の時間を使うんだったら、これくらい有効なことはしたい。

 

shoumatch.hatenablog.com

 

じゃあ次の問いとして、「5年後や10年後の自分に生かされるような価値観を身につける(再構築する)活動」とはなんだろ。アプローチ方法はいろいろあると思うけど、「仕事に関係すること」か「仕事と関係のないこと」のどちらかで分けてみる。どちらかと言われれば、私は後者をとるかな。

 

「仕事に関係すること」とは、業務内容に近い活動や業務で培ったスキルを活かす活動。言ってみれば仕事の延長線上にある活動をイメージしている。確かに仕事の経験が武器になるのは間違いないので、その活動を10%の活動で利用するのは全然良いことだと思うのだけど、それを活動の主軸に据えてしまうと、せっかくの10%の経験が効果的でなくなる気がする。そのような機会は仕事で経験すればいいのであって、10%の時間でしなくてもいいことだと思う。普段経験しないこと、普段考えないこと、普段では気づけないことをする活動をしてこその10%だと思うのだ。

 

また、今後悩みとして出てきそうな「キャリア」とか「生き方」的な課題についても、その答えは、仕事を含めた自分の価値観の中にあると思うので、充実した価値観を気づくといった意味でも、仕事外の活動というものをしたほうがいいかと思う。

 

なので、仕事とは関係のないことをする。とはいえ、いきなり仕事とは関係のないことをするのは、ハードルが高い。何かとっかかりが欲しい。とっかかりになるのは、人脈とか仕事以外の興味関心とかかな。ネットワークの広い友人に相談したり、自分の興味関心をベースに何か10%として活動できるものを探してみようか。

 

まとめるとこんな感じかな。

・10%の時間で「起業」ではなく、「新しいこと」をする。
・「新しいこと」とは、「5年後や10年後の自分に生かされるような価値観を身につける(再構築する)活動」
・「5年後や10年後の自分に生かされるような価値観を身につける(再構築する)活動」とは、仕事とは関係のない活動で、今の仕事では経験できない・気づけないことをする活動。
・自分の興味関心や友人の勧めをベースにその活動を探してみる

 

とりあえず、偉そうに書いてみたものの、実際に何をするかはこれから探す感じ。
さてさてどうなるかな。

 

【読書ログ】LIFE SHIFT

リンダ・グラットン著の「LIFE SHIFT」を読んだ。内容と考えたことをメモ。

 

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 

 

★ LIFESHIFTの内容のメモ

生活水準の向上やテクノロジーの進歩により、人間の寿命はどんどん伸びている。
先進国で2007年に生まれた子供の半数は100歳以上生きるという調査結果があり、特に日本についはその半数が107歳まで生きるとのこと。
つまり、今は人生100年(100年ライフ)になっているのだ。ほんの100年前は人生60年とか言われていたのに。

そのような状況においては、現在の社会の一般的なライフステージである、
1.教育(社会にでる前。学生として教育を受けるステージ。)
2.仕事(社会に出て働くステージ。)
3.引退(社会を引退し、年金やこれまでの蓄えで過ごすステージ。)
という3ステージのライフステージは崩壊してしまうという。

なぜなら、寿命が延びたことで、「3.引退」のステージが非常に長くなり、このステージを過ごす為の金銭的な余裕がなくなってしまうからだ。
(65歳で引退して、100歳まで生きるとすると35年間このステージとなり、その期間、年金や貯蓄で賄うという状況になる。)

100年ライフを生き延びる為には、教育・仕事・引退という3ステージの人生という考え方ではなく、下記ステージを行き来し続けることで、
人生の間ずっと何かを生み出し続ける人生にしましょうと本書では述べられている。
「1.エクスプローラー」/「2.インディペンデントプロデューサー」/「3.ポートフォリオワーカー」

3ステージの人生は、それぞれのステージが不可逆的に進むのに対して、上記ステージは、それぞれが行ったり来たりする。

それぞれのステージについては、ざっくりと以下のステージだと解釈している。
1.エクスプローラー:価値観の再構築するステージ
2.インディペンデントプロデューサー:無形資産の構築するステージ
3.ポートフォリオワーカー:有形資産の構築するステージ

長い人生の中では、世の中の価値観というのはどんどん変わっていくので、エクスプローラーとして一度自分のキャリアをリセットして、自分自身の価値観を見直し、次の自分の進むべき方向性を定める。次にインディペンデントプロデューサーとして、次に進む方向性についてのスキルや人脈を構築する。そしてポートフォリオワーカーとして、築いたスキルや人脈を活かし、社会で働きつつ、有形の資産を築く。これを繰り返していき、多方向で活躍しつつも人生の最後まで金銭的に困ることのないような生活を送るというものである。

教育・仕事・引退の3ステージは、仕事のステージで引退期間を過ごす為の資産を構築して、引退ステージで少しずつ消費していくストック型なスタイルなのに対して、エクスプローラーなどのようなステージは常に生み出し続けるフロー型のスタイルである。

 

★ LIFE SHIFTを読んで思ったこと
エクスプローラー、インディペンデントプロデューサー、ポートフォリオワーカーという生き方はなるほどなと思いつつ、自分が一番印象に残ったのは、「100年」というキーワードである。(本書のテーマとはそれたところにあるかなぁ。)
もちろん、エクスプローラーなどのようなステージも確かにな〜とは思うんだけど、自分がそれを実践できるかと言われるとちょっとハードルが高いなぁというのが正直なところ。もうちょっと自分がレベルアップしないと実践はむずかしいかなぁ。

んで、100年というキーワード。
何を考えるのでも「100年」という視点で物事を考えてみると、今まで考えていたこととは違ったことが見えてくるなと思った。

私は今のところ、人生の一番目のテーマとして「楽しむ」ということを大事にしている。(もちろん仕事もプライベートも含めて”楽しむ”。遊んで一生暮らしたい的な怠惰な意味合いではなく。)

それが、”100年間楽しむ(楽しみ続ける。)”という期限がついたテーマになった。100年間楽しみ続けるということは、100年間人生に飽きない、つまらなくないということ。

そう思うと、「今やっていることが仮に10年20年続いたとすると、自分はそのことに飽きはしないか?つまらなくはならないか?」という問いになり、それが「きっと飽きる。つまらなくなる。」という答えになってしまうのであれば、何かを変える必要がある。

例えば、仕事について、「今やっている仕事をこのまま10年20年続けるとすると、自分はその仕事に飽きはしないか?」という問いに対しては、
私は「きっと飽きそう」という答えになる。なので、これまでとは違うような何かをしないと(し続けないと)、数年後「飽きた」という状況を迎えるのだろう。

これまでとは違う何か、今思い浮かぶキーワードとしては、「海外に行く」、「別な業務ができるように職場内の環境を変える」、「転職する」とかかな。
実際にするしないは別として、これらのキーワードや「飽きる」ということを意識して仕事をするのは大事な気がする。

少なくとも、この本を読み、このことを思い至った後は、特に「海外」というキーワードは大きくハードルが下がったと思っている。
100年というスパンで人生を見たとき、日本だけで生き続けるというのはきっと世界が狭くて、刺激が少なくて生活に飽きてしまいそう。
生活のベースは日本でいいんだけど、いつでも海外に行けるぜっていうくらいには海外に抵抗はなくしておきたいな。

何をするにしても、
「100年ライフという視点で見たとき、今やっていることってずっと楽しめることなの?楽しみ続けるにはどうすればいいの?」
という観点で物事を考るのは大事だなと思った。今後も続けていこう。

【読書ログ】「1秒で「気がきく人」がうまくいく」


毎週聞いているラジオ、「NISSAN あ、安部礼司〜BEYOND THE AVERAGE」
http://www.tfm.co.jp/abe/index_pc.php)の、11月20日放送回でこの本が取り上げられていたので、早速読んでみました。

買ったのはこれ。

「1秒で「気がきく人」がうまくいく」
松沢萬紀著、ダイヤモンド社
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4478068933/

ラジオを聞いているそばから、Amazonでポチって、火曜日に受領。
Amazonの商品はローソンで受け取れるし、しかもプライム会員だとすぐに届くからすごく便利。

で、読んでみると、2〜3時間で読める内容の割に、結構いいキーワードがあったので、備忘も兼ねてメモしておく。

・三角感謝(ウィンザー効果)
・感じのいい人のキーワードは「笑顔」「挨拶」「丁寧」
・「共感」「共汗」「共歓」で味方がどんどん増える
・オルタネートを2つ以上もつ
・過程の感謝と結果の感謝
・pnpコミュニケーション
・100%〇〇だ、と思い込む。
・冗談を言うなら「ポジティブな冗談」

上の中の幾つかは、ラジオ番組の中でも取り上げられてましたね。
詳細が気になる方は、本を読んでみてくださいね。

で、上のキーワードとは別に本の中の文章で考えさせられるところがありました。

P107から引用。

車を購入する決め手は、車種のラインナップや値引き以上に「人を見ている」ということです。
「この車を買いたい」ではなくて「この人だったら信用できる」「この人となら長いお付き合いができる」と思うセールスマンに出会えたら、少しくらい値引き率が低くても、条件面でもの足りなくても、購入を決める可能性が高くなります。

確かにそうだなぁと思います。
なんで、この文章で考えさせられたかというと、この文章を読んだ時に、最近読んだ、司馬遼太郎の「関ヶ原」の一節が頭に思い浮かんだからです。(司馬遼太郎の作品に最近すごくハマっているので、これは別途ブログに書きたいなぁ。)

下記、関ヶ原(下)P491より引用。

かれが生きていた経験によると、義・不義は事を起こす名目になっても、世を動かす原理にはならない。

これは、関ヶ原の戦いの後、黒田官兵衛石田三成の敗戦の原因を思案しているシーンでの一節です。
他にも、司馬遼太郎の作品の中にはよく、「人が動く理由は義ではなくて利(利益)」というような記載が結構見られていて、上の引用と組み合わせると、
「義・不義は事を起こす名目になっても、世を動かす原理にはならない。世を動かす原理は利である。」
という感じになるかなと思ってます。

現代風に言い換えるならば、
「はじめの一歩は、義・不義(相手への信頼/不信、人情とか)がきっかけになる場合がある。しかしそれだけでは、先には続かない。先を続けるには、その人にとって利益になるものがないとダメである」
という感じでしょうか。

で話を戻すと、先の引用部分と、上記で述べていることが似ているなと思ったわけです。

つまり、
・車の購入(はじめの一歩)の決め手は、セールスマンへの信頼度(相手への信頼)で決まる場合がある。(条件がベストでなかったとしても)
・しかし、セールスマンへの信頼度だけではその先は続かない(次の購入に繋がらない)。その先を続けるには、商品自体が良いものでないと(その人にとって利益となるもの)でないといけない。
かなと。(2点目は私の考えが混じってますけどね。)

もうちょっと汎化した言い方をすると、
「何かを始めようとした時に、はじめはその人の魅力やその人への信頼度を頼りにスタートすることはできる。しかしそれだけではすぐに行き詰まる。続けるには参加者に何かしら利益となるものがないといけない。」
でしょうか。

先の引用部分の文章を読んで、こんな事を考えてました。
色々と突っ込みどころはある気がしますが、私としては、なるほどと納得して、覚えておこうと思ったわけです。

最近読んだ本の中ではサクッと読める割に、タメになるキーワードが結構あって良い本だったなぁと。
あと何より、教養本と歴史小説で述べていることがリンクしていて面白かったです。

そんな勤労感謝の日でした。

ではでは。

ブログ始めました

ひょんなことからブログを始めてみようと思います。

東京でIT関係の仕事をしており、この記事を書いている時点で30歳です。
仕事の専門的な話というよりかは、仕事を通じて思ったこと、趣味のこと、日々考えていること、を続けられるペースで書いていこうと思ってます。
(仕事のことを書くと、情報セキュリティ的になんたら〜とかありそうだし、あと何より愚痴が出そうでやだ。笑)

初回なので、ブログを書こうと思ったきっかけを色々と書いてみようと思います。

理由を列挙するとこんな感じかな。
1. 今年で30歳になり、新たな年代に入ったということで何か新しいことを始めようと思った。
2. 頭で考えていることを言葉に表すというのがあまり得意ではないので、それを直そうと思った。
3. 日々自分が何を考えているかまとめておきたいなと思った。

1と2は書いている通りなんだけど、3の理由が大きくて、ちょっと細かく書いておきたい。

僕は写真の撮るのが趣味で、旅行とか友人との集まりの時とかに写真をよく撮ってます。(写真の腕はナイショ)
それをして大体6年くらい経ちます。

で、ふと昔の写真をみると、写真に残っているだけあって、当時のことを思い出して、ノスタルジックな気分に浸り結構いい気分になります。それはそれで、すごくいい。

だけど写真は、当時何をしていたかは思い出せるんだけど、何を考えていたかまでは思い出せなくて、それはちょっともったいないなと思ったわけ。

過去に色々考えたことがあって、改めた考えもあって、その結果が今の自分であるのは間違いないので、当時は当時で何かしら考えていたはずなんだけど、それを思い出せない、振り返ることができないというのは、人生損していないかなと思って。当時の考えを数年後に振り返ることで新たな気づきもある思うし。

もうちょっと掘り下げると、例えば、何をしていたか全く思い出せない1日というのは普通にあると思う。僕に限らず大半の人は一年の半分以上はそんな日になるんじゃないかな。
じゃあ、そんな思い出せない日っていうのは、自分の人生の中でどういう意味があったのかと。何かしらの意味はあると思う。ただ、その意味は無いに等しいくらいに薄いのかもしれない。当時確実に何かはしていたし、何かは考えていたはずなのに、思い出せずに意味が薄くなってしまう。長い人生で見た時に、人生の半分以上の時間が意味の薄い日になるというのはなんかイヤだなぁと。 

だから、日々思ったこととかやったことを何かにまとめておきたいなと思ったわけです。

ブログを書いたからってそれが解消されるわけじゃないけど、考えを書く場所と機会があれば、少しは改善されそうな気がして。

きっかけはそんな感じかなぁ。

上記は現時点のブログを始める理由であり、しばらく先まではきっとブログを続ける理由になると思う。
進めていく中で続けるモチベーションは変わっていくだろうから、それは随時追記していこうかな。

つらつらと書いたけど、まずは続けられる範囲でゆるーく書いていきます。

こうまとめてみると、まぁ自分勝手な理由ですわな。
でもまぁ、ブログを始める理由なんてそんなもんですよね。

もし読んでくれる人がいて、その読んだ人に少しでもプラスに働いてくれれば嬉しいなと思います。

ではでは。